ワールド・シアター・デイ


●3月27日は《ワールド・シアター・デイ》

1954年夏、ITIは国際的な演劇フェスティバルの先駆けである「シアター・オブ・ネイションズ」(Theatre of Nations=諸国民演劇祭)をパリのサラ・ベルナール劇場(現・パリ市民劇場)で開催し、以降、歌舞伎や京劇、ベルリナー・アンサンブルやモスクワ芸術座など、世界各国の演劇を紹介してきました。

1961年のITI総会で、ITIフィンランド・センターから「世界の舞台人が舞台芸術への思いを共有する日を」という提案があり、翌年のシアター・オブ・ネイションズ初日の1962年3月27日、初めてのメッセージが発信されました。

以来、ITIは3月27日を、世界の国々が舞台芸術を通して平和を願う《ワールド・シアター・デイ》とし、この日の前後に記念イベントを開催しています。

 

ワールド・シアター・デイ・メッセージ

そうしたイベントのひとつに、世界の舞台人に向けた「ワールド・シアター・デイ・メッセージ」の発信があります。1962年のジャン・コクトーをはじめ、アーサー・ミラー、ローレンス・オリヴィエ、ピーター・ブルック、ルキノ・ヴィスコンティ、ウジェーヌ・イヨネスコ、アリアーヌ・ムヌーシュキン、ジュディ・デンチ、ジョン・マルコヴィッチなど各国の舞台人が、この日、メッセージを送ってきました。

 

今年のワールド・シアター・デイ・メッセージ

カルロス・セルドラン(演出家、劇作家、演劇教育者、大学教授)

カルロス・セルドラン

(c) Laura Ramos

 私が演劇に目覚める前から、巨匠たちはすでにそこにいました。彼らは自分の人生の傷跡に住まいを建て、詩学を創りあげていました。多くは名もなき人や、誰もその名を思い出すことができないような人でした。静寂のなかから質素な稽古場へ、そして観客が沸き返る劇場へ。彼らは働き続け、多くの功績を残し、そしてゆっくりと仕事場を去り、消えていきました。私は、自分の仕事と人生がこうした先人たちの後を継ぐことなのだと理解すると同時に、その伝統が苦悩に満ちた特別なものであることも知りました。私の願うのはただ、再現不可能な瞬間、身振りや啓示的な言葉の真実だけに守られた劇場の暗闇の中で他者と出会う透明な瞬間のみなのだと。



 劇場を訪れる観客たちとの出会いの瞬間が私の演劇の国になります。観客は、数時間、数分間を私たちと過ごすため、夜毎に、多様な表情を見せる街のあちこちからやってきます。かけがえのない瞬間が私の人生を作り上げていきます。私は自分自身であることをやめ、自分を心配することをやめ、生まれ変わり、演劇を仕事とすることの意味を理解するのです。それは、はかなく純粋な真実の瞬間を生きることにほかなりません。舞台の照明の下で、私たちの言葉や行為は真実となり、私たちの最も深いところにある、最もパーソナルな部分を浮かび上がらせます。私と俳優たちの演劇の国はそうした瞬間で紡がれており、そこでは仮面も、レトリックも、自分自身であることへの恐怖も捨て去り、暗闇の中で互いの手を取り合います。

 演劇はいつの世も水平です。世界のどこかに演劇の中心があるとか、どこかの街や特別な建物に中心があるなどと言い切れる人はいないでしょう。私の知る限り演劇とは、輪郭を持たない地図の上に生まれる、舞台に関わる人たちの人生と技術が織りなす姿です。演劇の巨匠たちは、再現不能の輝きと美が生まれた瞬間に死んでいきます。自らの価値を保証したり高めたりする証も残さず消えていくのです。演劇の巨匠たちは、それこそが演劇の根本であると知っています。演劇の仕事とは、真実の瞬間、どっちつかずの瞬間、力が漲る瞬間、そして危機的状況での自由の瞬間を創り出すことです。映像や写真などのデータなら残るかもしれませんが、このような記録は巨匠たちの思考をおぼろげに伝えたとしても、観客の無言の反応を記しません。観客は、劇場の中で体験したことが翻訳不能であることを直感的に知り、そこで共有したものが人生そのもの、あるいは人生よりも鮮明なものだと感じます。



 演劇はそれ自体が一つの国であり、その領土が世界全域におよぶのだと理解した時、私の中に決意が生まれました。自由が生まれたのです。今いる場所から遠くへ行かなくてもいい。引っ越さなくても急がなくても移動しなくてもいい。そこに観客がいる。大事な仲間もそばにいるのだと。家を一歩外に出れば、不透明で、見通しのきかない日々の現実が待ち構えています。動かずともオデュッセイアかアルゴナウタイの壮大な旅を創れるのです。私たちは動かぬ旅人です。現実世界の密度や硬度を加速度的に変えて、ある瞬時へ、ある一瞬へ向かいます。自分によく似た人々との一回限りの邂逅へと向かいます。これは彼らに、彼らの心に、彼らの世界に向かう旅です。私たちは彼らの内面を旅し、感情を旅します。私たちが働きかけることで目覚め、動き出す彼らの記憶を旅します。旅は猛スピードで進みます。誰もその速度を測ることも、静止することもできませんし、その正確な規模を割り出すこともできません。私たちの旅は、同胞の想像世界を貫く旅です。旅は種にもなります。遠い土地から、観客の中にある市民としての意識や道徳観、人間観に蒔かれる種。だから私は動かず、家にいます。親しい人たちに囲まれて、のんびりくつろいでいるかのように、昼も夜も働き続けます。なにしろ、速度の秘密が私の掌中にあるのですから。

翻訳:吉川恵美子 / 藤浪 京
Translation:Yoshikawa Emiko / Fujinami Miyako

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Carlos CELDRÁN

 1963年ハバナ市生まれ。1986年、キューバ高等芸術院(Instituto Superior de Arte、現・キューバ芸術大学[Universidad de las Artes de Cuba])卒業後すぐに、ハバナ市のブエンディア劇団(Teatro Buendía)の専属助手およびアドバイザーとして働き始め、のちに同劇団所属の演出家となる。

 

 1996年にハバナ市内で旗揚げしたアルゴス劇団(Argos Teatro)は、セルドランの演出によりヨーロッパの古典やラテンアメリカの現代劇、オリジナル作品を上演し、今なお国際的に高い評価を得ている。
 当劇団はブレヒトやベケットやイプセン、ストリンドベリの上演を通して現代ヨーロッパ演劇の規範に新しい息吹を与え、ラテンアメリカの観客にヨーロッパの文化やセンスを伝えることを目指す一方、ゴンサレス・メロ(González Melo)ら地元の作家を紹介するなど、キューバ人の劇作家たちへも大きく貢献している。このような異なる文化の融合こそ、当劇団がキューバを代表する劇団となった所以である。なお、当劇団の主催する俳優のためのラボラトリーでは、舞台俳優の共通言語の探求が進められ、世界を一つにする試みとして評価されている。

 劇団の歴史の中で最も重要な出来事は、『1000万(Diez Millones)』の上演である。セルドラン自身が台本と演出を手掛けた本作は、キューバ国内だけでなく国際的にも高い評価を受けた。また、最近上演された『謎と小片(Misterios y pequeñas piezas)』(2018)も好評を博した。



 国内外での貢献が高く評価され、1988年から2018年にかけてキューバ演劇批評家賞最優秀上演賞を16回受賞、2000年にはキューバ文化国民栄誉賞、2016年にキューバ演劇国家賞を受賞した。



 教育者としては、キューバや南アメリカ、ヨーロッパ諸国の高等教育の現場で活躍。自らの研鑽を深めるための尽力も惜しまず、2011年にはマドリードのレイ・フアン・カルロス大学アリシア・アロンソ舞踊研究所(ISDAA[Universidad Rey Juan Carlos Instituto Universitario de Danza “Alicia Alonso”])で修士号を取得した。

 キューバ芸術大学では20年以上にわたって教鞭をとり、2016年には同大舞台演出コースの研究科長に就任。次世代を担うキューバの演劇人を育てている。教育の現場は同氏にとって、自らの創作活動におけるアウトプットの場でもある。

プロフィール翻訳:藤浪 京
Translation (Biography):Fujinami Miyako

 

● 歴代のワールド・シアター・デイ・メッセージ発信者

2019

カルロス・セルドラン

演出家、劇作家、演劇教育者、大学教授

キューバ

2018

○ウェレウェレ・リキン
○マヤ・ズビブ
○ラム・ゴパール・バジャージ
○サイモン・マクバーニー
○サビーナ・ベルマン

フランス

2017

イザベル・ユペール

俳優

フランス

2016

アナトーリー・ワシーリエフ

演出家、教育者

ロシア

2015

クシシュトフ・ヴァルリコフスキ

演出家

ポーランド

2014

ブレット・ベイリー

劇作家、デザイナー、演出家、インスタレーション・アーティスト

南アフリカ共和国

2013

ダリオ・フォ

劇作家・演出家・俳優

イタリア

2012

ジョン・マルコヴィッチ

俳優

アメリカ

2011

ジェシカ・A・カアゥワ

劇作家・俳優・演出家

ウガンダ

2010

ジュディ・デンチ

俳優

イギリス

2009

アウグスト・ボアール

演出家・作家

ブラジル

2008

ロベール・ルパージュ

演出家・劇作家・俳優

カナダ

2007

シェイク・スルタン・ビン・ムハンマド・アル・カーシミー殿下

シャルジャ首長・歴史家・劇作家

アラブ首長国連邦

2006

ビクトル・ウーゴ・ラスコン・バンダ

劇作家

メキシコ

2005

アリアーヌ・ムヌーシュキン

演出家・太陽劇団創立者

フランス

2004

ファティア・エル・アッサル

劇作家

エジプト

2003

タンクレート・ドルスト

劇作家

ドイツ

2002

ギリシュ・カルナド

劇作家・俳優・映画監督

インド

2001

ヤコボス・カンバネリス

詩人・小説家・劇作家

ギリシャ

2000

ミシェル・トランブレ

劇作家・小説家

カナダ

1999

ヴィグディス・フィンボガドゥティル

アイスランド第4代大統領

アイスランド

1998

ユネスコ創設50周年記念メッセージ

1997

キム・ジョンオク

演出家・劇団自由創立者

韓国

1996

サーダッラー・ワッヌース

劇作家

シリア

1995

ウンベルト・オルシーニ

演出家・劇作家

ベネズエラ

1994

ヴァーツラフ・ハヴェル

劇作家・チェコ共和国初代大統領

チェコ

1993

エドワード・オールビー

劇作家

アメリカ

1992

ジョルジュ・ラヴェリ

演出家

フランス

1992

アルトゥーロ・ウスラール=ピエトリ

小説家・作家・政治家

ベネズエラ

1991

フェデリコ・マヨール

ユネスコ第7代事務局長

スペイン

1990

キリール・ラヴロフ

俳優

ロシア

1989

マーティン・エスリン

演劇批評家

イギリス

1988

ピーター・ブルック

演出家

イギリス

1987

アントニオ・ガラ

詩人・劇作家・小説家

スペイン

1986

ウォーレ・ショインカ

詩人・劇作家

ナイジェリア

1985

アンドレ=ルイ・ペリネッティ

演出家・ITI事務局長

フランス

1984

ミハイル・ツァレフ

俳優・演出家

ロシア

1983

アマドゥ・マハタール・ムボウ

ユネスコ第6代事務局長

セネガル

1982

ラーシュ・アフ・マルムボリ

指揮者

スウェーデン

1981

各国センターからのメッセージ

1980

ヤヌシュ・ヴァルミンスキ

俳優

ポーランド

1979

各国センターからのメッセージ

1978

各国センターからのメッセージ

1977

ラドゥ・ベリガン

俳優

ルーマニア

1976

ウジェーヌ・イヨネスコ

劇作家

フランス

1975

エレン・スチュワート

ラ・ママ実験劇場創立者・プロデューサー

アメリカ

1974

リチャード・バートン

俳優

イギリス

1973

ルキノ・ヴィスコンティ

映画監督

イタリア

1972

モーリス・ベジャール

振付家

フランス

1971

パブロ・ネルーダ

詩人

チリ

1970

ドミートリイ・ショスタコーヴィチ

作曲家

ソビエト連邦

1969

ピーター・ブルック

演出家

イギリス

1968

ミゲル・アンヘル・アストゥリアス

小説家

グアテマラ

1967

ヘレーネ・ヴァイゲル

俳優・ベルリーナー・アンサンブル創立者

東ドイツ

1966

ルネ・マウ

ユネスコ第5代事務局長

フランス

1965

匿名のメッセージ

1964

ローレンス・オリヴィエ

俳優

イギリス

1964

ジャン=ルイ・バロー

俳優・演出家

フランス

1963

アーサー・ミラー

劇作家

アメリカ

1962

ジャン・コクトー

詩人・小説家・劇作家

フランス