2024.3.31
NO.135

「紛争地域から生まれた演劇15」『イサク殺し』
寄稿:小林七緒

他人事ではなく、世界中どこでも起こることとして

ITI日本センターは、2020年12月に東京芸術劇場アトリエウエストで『イサク殺し』を初演した(「紛争地域から生まれた演劇12」)。それから3年、2023年10月に「紛争地域から生まれた演劇15」として改めて同作の上演を予定(劇場はシアター風姿花伝)していたちょうどそのときに、新たな戦争が起こってしまった。現実の戦争と同時進行となった稽古から公演までの状況を演出の小林七緒氏にレポートをお願いした。


 2020 年に『イサク殺し』を上演するために集まった時、キャストはみなイスラエルやパレスチナのことをよく知りませんでした。翻訳・ドラマトゥルクの村井先生に色々教えていただき、イスラエルの複雑な状況を学ぶところからスタートしました。1948 年から『イサク殺し』が書かれた1998年までに大小の戦争が絶えず起こってきたこと、ユダヤ教のこと、国家イスラエルのことなど。

 オスロ合意でイスラエル・パレスチナに平和が訪れると希望が生まれた直後、ユダヤ教原理主義者の青年によりラビン首相暗殺。本作は、戦争で心身に深い傷を負い長年にわたり施設から出られずにいる人たちが、その首相暗殺事件を題材に劇を作り上演する、というものです。なぜ希望は失われたのか、なぜ戦争は終わらないのか。登場人物たちと共に考え、上演しました。

 2023 年にもう一度上演する機会をいただきました。この 3 年でイスラエル・パレスチナの状況はどう変わったのか、なぜこの登場人物はこんな言動をするのか。新しく参加したキャストからの新鮮な意見や疑問を踏まえ、より深く理解し、稽古を進めていきました。

 そんな中の、10 月 7 日。戦争が始まってしまった。
 「戦争中に施設内で上演している劇」という設定が現実になり、人物の言動があまりに生々しくなってしまったことに、みな傷つき悩みました。このまま上演していいんだろうか。でも、現実になってしまったからこそ、やらなければならない。なぜこんなことが起きるのかをちゃんと理解して、どうすべきか考えるきっかけになれば。

 「くぐり抜けたことをすべて忘れ/新しい政府を選ぶんだ/次の戦争を叫ぶ政府を」劇中でこう歌いながら、人々は投票し戦争へと向かいます。それは全く他人事ではなく、世界中どこでも起こること。本国で上演できなくても世界に向けてこの戯曲を書いてくださったレルネルさんの思いを受け取り、きちんとみなさんに届けよう。それを強く意識した公演でした。 

小林七緒(演出)

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