「紛争地域から生まれた演劇16」リーディング&トーク『亡霊の地』
寄稿:万里紗


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現在進行形の戦争を写す三篇の寓話劇をリーディング&トークで
紛争地域から生まれた演劇シリーズ16として、2024年12月に『亡霊の地』のリーディング上演、トークイベントを行った。『亡霊の地』は、ウクライナ人作家・アンドリー・ボンダレンコによって、ロシアによるウクライナ侵攻後の2023年に書かれた戯曲である。企画段階から参加し、作品翻訳、原作者とのやり取り、出演まで携わった万里紗氏によるレポートをお届けする。
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ロシアによるウクライナへの「本格侵攻開始」が2022年、劇作家アンドリー・ボンダレンコが『亡霊の地』を書いたのが2023年、24年の春過ぎから私はリサーチや翻訳を始め、「紛争地域から生まれた演劇16 リーディング&トーク」が年末。明けて2025年早春の今、この戦争で失われていく命を愚弄するような「王たち」のシュルレアリスティックとしか言いようのない振る舞いに、私は『亡霊の地』の登場人物ヘンナージーを思い起こしていた。現実が、風刺劇を追い越してしまっている。
『亡霊の地』は【蝶】【持参金】【罪と罰】という寓話的な三篇から成り立っており、何れもこの戦争によって人々が負った筆舌に尽くしがたい心身の傷を一つは夢として、一つは狼男への変身として、もう一つは吸血鬼との闘いとして描く。三篇に共通するキーワードは魔法……と言うと、荒唐無稽な作品に思われてしまいそうだが、それまで暮らしてきたコミュニティや歴史性から突然断絶されたり、アイデンティティを根こそぎ破壊されたりする戦争の体験は、魔法にでも置き換えない限りその本質的な激烈さを写し取ることはできないのだろう。
リーディングに集った俳優の亀田佳明さん、石村みかさん、大石将弘さん、今井聡さん、花純あやのさん、そして私は、演出の林英樹さんのもと率先してアイデアを出し合い、シンプルなステージングながら凄惨でユーモラスなこの戯曲世界を逞しく立ち上げ、そこに宿された「亡霊たちの声」を観客席にもしっかり共有できたことが、その反応からも感じられた。
私が演じたユーリアは、【蝶】では主人公ユーラのパートナーとして登場し、PTSDに苦しむユーラを夢から現実へ引き戻すべく働きかける。が、【罪と罰】では、彼女もまた自分を監禁・拷問したロシア人兵士ヘンナージーへの憎しみから解放されておらず、満月が来る度に(たぶん、夢の中で)ヘンナージーを呪い殺していることが明らかにされる。
狼男にしろ吸血鬼にしろ、噛まれれば最後、元の人間に戻ることはできない。生きていくためには他の人間を噛むしかなく、この戦争による憎しみの連鎖に巻き込まれた人々は、ウクライナ人であれロシア人であれ、みな「狼男」なのだ。作品の最後、憎しみに憑かれた者たちに医師が唯一与える処方箋は、「できるだけ堪えてみなさい」である。
2022年以降アンドリーの筆は止まらない。彼自身も記しているが、その様はまるで霊に操られた自動筆記のようだ。侵攻開始を受けて書かれた作品は本作のほか『平和と静寂』『サバイバー・シンドローム』『リス男』、マリウポリの包囲を受けて書かれた『マリアの街:包囲の日記』などがある。理不尽な暴力に対しマジカルリアリズムとスリラーの刃で斬りかかる作家だが、本人自身はとても穏やかな人柄で、リーディングの準備中送った質問にも一つ一つ丁寧に答えてくれ、更に座組に送ってくれたビデオメッセージは、水色のガラスや茶と紺のタイル貼りの床が印象的な、美しい水族館までわざわざ出向いて撮影したものだった。
戦争のさなか、ト書きについての細かな質問に返信する時間や、日本のチームに送るビデオを撮るために水族館まで歩いている時間は、彼にとってどんなものだったのだろうか。血で血を洗うがごとくの憎しみの台詞「私が許すまで、お前の腐った魂が永遠にここで彷徨い続けるように」を吐きながら、その奥にはアンドリーの祈りを感じずにはいられない日々だった。
ちなみに、アンドリーの作品は以下の二つのウェブサイトから入手できる(それぞれ英語とウクライナ語)。
https://ukrdrama.ui.org.ua/en/author/andrii-bondarenko
https://ukrdramalib.com.ua/bondarenko-andrii/
踏みにじられた「地」に、作家たちは種を植え続けている。『亡霊の地』をきっかけに、アンドリーに限らず多くのウクライナ人劇作家が日本に紹介されることを願う。
万里紗(翻訳・著作権コーディネート・出演)