「ワールド・シアター・ラボ」2024~2025「戯曲翻訳ゼミナール」
寄稿:谷岡健彦

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「ワールド・シアター・ラボ」の新企画「戯曲翻訳ゼミナール」
次代を担う翻訳者の育成・発掘を行う「ワールド・シアター・ラボ」の新企画として、オンライン・レクチャーを含む6回の講座で翻訳を学ぶ「戯曲翻訳ゼミナール」を実施した。監修と進行をつとめた谷岡健彦氏によるレポートをお届けする。
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翻訳者の育成に力を入れているITI日本センターから、新しく「戯曲翻訳ゼミナール」という企画を始めたいとの話があり、その監修役を引き受けることにした。と言っても、べつに大それた役目を担ったわけではない。自分はこれまで何編か戯曲の翻訳をしてきたが、翻訳の技術を体系的に教わったことはない。辞書を片手に作り上げた訳稿を、演出家や出演者に読んでもらって意見を伺い、それをもとに修正を加えてゆくというプロセスで戯曲翻訳の勘所を学んだ。自分が提供したいと考えたのは、このように訳稿を他人に目を通してもらう機会だ。参加者はおたがいにコメントし合うことで多くを学べるだろう。自分は進行役に徹すればよい。こうした対面形式での訳稿の読みくらべの場を2024年8月3日から9月28日まで隔週で5回設けたほか、戯曲翻訳全般に関わる心構えについて、新進気鋭の翻訳者である關智子氏と小田島創志氏のお二人によるオンライン・レクチャーを8月6日に実施した。
テキストに選んだのは、スコットランドの劇作家ロナ・マンロウの2022年の作品『メアリ』である。16世紀のスコットランド女王メアリの廃位をめぐる政治劇だ。かねてから自分が気になっていた作品であるというほかは、とくに深い理由なく選んだのだが、短い台詞の応酬でテンポよく展開する場面もあれば、作中人物の感情がこもる長台詞もあり、結果として戯曲の翻訳に際して必要となるさまざまなスキルを学べるテキストだったと思う。また、歴史上の事件を題材にした戯曲であるため、語学力だけでなく背景知識を身につけることの重要性も伝わったはずだ。
各回、戯曲の指定された箇所の訳稿を参加者が持ち寄り、稽古初日の読合せのように配役を決めて音読するという形式で進めた。同じ箇所を訳していても、各人の訳語の選択ひとつで人物像ががらりと違ってくるのが、進行役という立場で見ていても面白かった。参加者は戯曲を翻訳することの面白さと同時に、上演における翻訳者の責任の重さを感得できただろう。自分は翻訳には絶対的な正解はないと考えるので、語学的に明らかな誤訳があった場合以外はあまり介入しないようにしたが、原文を巧みに訳出した台詞はおのずと参加者の間で共有され、次回以降の翻訳に生かされていたように思う。
遠く大阪からの参加者も含めて6名のゼミナールだった。ゼミナールでは戯曲のごく一部しか訳出できなかったが、参加者が終了後も連絡を取り合って全訳に取り組んでいると聞き、たいへんうれしく思う。最後になったが、オンライン・レクチャーを含めて全6回のゼミナールに万全のサポートをしてくださったITI日本センターのスタッフに謝意を表したい。
谷岡健彦(「戯曲翻訳ゼミナール」監修・進行)