「ワールド・シアター・ラボ」2024~2025「戯曲翻訳ゼミナール」 / 「リーディング上演」『囚われの本質』
寄稿:谷岡健彦

<ワールド・シアター・ラボ『囚われの本質』> ⓒおおたこうじ

<ワールド・シアター・ラボ『囚われの本質』> ⓒおおたこうじ

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 昨年また戯曲翻訳ゼミナールの監修役を引き受けてほしいと依頼されたのは、うれしい驚きであった。有意義な仕事に関われる機会を再び与えられたからだけではない。前年度の受講者6名がゼミナール終了後も連絡を取り続け、ゼミナールでは扱わなかった部分も含めて共同で課題テキスト(ロナ・マンロウ作『メアリ』)の全訳に取り組んでいると聞いたからだ。ついては、脱稿したら推敲のため自分の助言がほしいという。上演や出版という具体的な目標なしに戯曲の翻訳を進めるには強い精神力が要る。6人の翻訳者の文体を統一するだけでも容易なことではなかろう。受講者のただならぬ熱意が伝わってきて、開講前から身が引き締まる思いがした。

 第1稿が自分の手元に届き、8月に初回が開催された。受講者の工夫の跡がよくわかる訳稿だった。原文のニュアンスをできるかぎり日本語に盛り込もうとしている。翻訳者によって登場人物のイメージは少しずつ違ったはずだが、おたがいに擦り合わせてゆく作業が行なわれたであろうことも窺えた。台詞の意味の大きな取り違えはほとんどない。共同で翻訳することが、戯曲をより細かく読み込み、より深く理解することへとつながっていったようである。9月の第2回はプロの俳優を招き、第1回の修正を反映した訳稿を声に出して読んでもらった。台詞を目で追うのと、耳で聞くのとではずいぶん印象が違う。また、俳優が読み間違えたり、言いよどんだりする箇所には、しばしば翻訳に関わる問題が潜んでいる。受講者は台詞の修正のための有益なヒントをもらえたと思う。11月の第3回が最終回となった。第2回からの約2カ月間に訳稿の細かな検討が重ねられたようだった。細部の解釈にこだわるあまり、劇の大きな流れが見えにくくなっている箇所はないか確認しつつ、ひとまずは受講者全員が納得できる翻訳台本を作成できた。2年にわたるゼミナールの大きな成果である。

<ワールド・シアター・ラボ「戯曲翻訳ゼミナール」>

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 もう1編、自分が以前から関わってきた翻訳戯曲がある。メキシコ系アメリカ人の劇作家マシュー・ポール・オルモスの『囚われの本質』だ。2023年に自分が翻訳者養成プログラムを担当したときの課題テキストであり、受講者の渡邉奈津希の訳稿が国際演劇協会日本センター発行の戯曲集に掲載された。翌年、この翻訳をもとに文学座の生田みゆきをファシリテーターに迎えて戯曲読解ワークショップが開催され、さらに昨年度には同じく生田の演出でリーディング上演されることとなった。このように骨のある戯曲をじっくり時間をかけて舞台にかける機会を作れたのは、本作の翻訳者のみならず、英米の話題作の消費に終始しがちな日本の演劇界にとっても貴重だと思う。

 ユニークな形式の戯曲である。第1幕は犬狩りから逃れようと身を潜めている4匹の雌雄の犬、第2幕は犬狩りを遂行している4人の男女の会話から成る。作者はメキシコ系アメリカ人だから、もともとはアメリカ合衆国による先住民の土地の収奪を描こうとしたのだろう。だが、現在の国際情勢ではパレスティナとイスラエルの関係を想起せざるをえなかった。他者を人間以下の犬と見なして、平気で殺戮にふける人間たちだが、実は内心では犬たちからの報復に怯えている。ガザ地区の住民に容赦なく攻撃を加え続けるイスラエル軍にそっくりではないか。生々しい暴力描写や性的表現も含まれる戯曲だが、演出の生田はうまく抽象的に処理し、戯曲の核となる部分をくっきりと取り出してみせた。限られた予算での上演だから派手さこそないものの、充実したリーディングだった。

<ワールド・シアター・ラボ『囚われの本質』> ⓒおおたこうじ
<ワールド・シアター・ラボ『囚われの本質』> ⓒおおたこうじ

谷岡健彦(「戯曲翻訳ゼミナール」監修・進行)

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