『国際演劇年鑑』 紙からWebへ
寄稿:中島香菜


国際演劇協会日本センター(ITI/UNESCO)が50年以上にわたって刊行を続けてきた『国際演劇年鑑』(日本語版・英語版)は、予算の都合上、2025年3月発行分から従来の冊子での発行を休止し、オンラインでの公開のみになった。編集部では前年の4月から、内容の検討とあわせて、ページ設計をはじめとするWebに移行するための準備を始めた。
◉日本の舞台芸術を知る2024
日本語版は、例年通り「能・狂言」「歌舞伎」「文楽」「ミュージカル」「現代演劇」「児童青少年演劇」「日本舞踊」「バレエ」「コンテンポラリーダンス・舞踏」「テレビドラマ」の10ジャンルのこの1年を振り返るレポートを各分野の批評家、研究者などに執筆していただいた。
英語版には、毎年、上記10ジャンルの原稿を訳して掲載してきたが、今年は本数を絞り込んで、「歌舞伎」「ミュージカル」「現代演劇」「コンテンポラリーダンス・舞踏」「テレビドラマ」を掲載することになった。
ここ3年、「歌舞伎」と「文楽」の英訳をしていただいているロンドン大学東洋アフリカ研究学院教授のアラン・カミングス氏に、「残念ながら、今年は『歌舞伎』のみになってしまいました」とお伝えしたところ、こんなお返事が届いた。
「『文楽』が英訳されないのは非常に残念です。文楽はただでさえ経済的に厳しい状況に置かれていますし、海外に届く情報がさらに減ることはよくありません。ただの翻訳者である私からの提案は厄介かもしれませんが、もし可能であるならば文楽の原稿を無料で英訳させてください」
国立劇場の建て替え問題の影響などもあり、苦境に立たされている文楽のことを海の向こうで憂い、支えようとしてくださっていることに、編集部一同、胸が熱くなる思いだった。もちろんこの提案はありがたくお受けし、英訳原稿を文楽を含む6本に増やすことができた。なお、予算のやりくりをし、カミングス氏にはいくばくかの翻訳料をお支払いできたことを申し添えておく。
◉世界の舞台芸術を知る2023/24
初登場のブルガリアからはリュドミル・ディミトロフ氏が、王国時代、共産主義体制下、民主主義へと時代を経て変化するこの国の演劇の流れを踏まえ、この1年をレポートしてくれた。
また、久々の登場になるノルウェーは、財政難のためイプセン・フェスティバルが中止されたことは残念だったが、現地在住の嶋野冷子氏がノーベル賞を受賞したヨン・フォッセの新作や、いま世界で上演が相次いでいるアーネ・リーグレなどについて教えてくれた。
ベトナムとの演劇を通した交流が10年目を迎えた宗重博之氏は、急激な経済的発展にともなって劇的に変化したベトナムの演劇をめぐる状況について、実際に現地で舞台をつくった経験を交えて語ってくれている。
さらに今回は、パレスチナのアシュタール劇場エグゼクティブ・ディレクターのイマーン・アウン氏と、フリーダム・シアターの元芸術監督アフメド・トゥバーシ氏へのオンライン・インタビューを敢行し、現地の状況と、戦時下での両氏の演劇活動について聞くことができた。
そしてイスラエルからはシモン・レヴィ氏がガザの状況を念頭に、さまざまなグループの対立が激化するいまこそ、観客に直接に語り掛ける、小さく親密で、ヒューマニスティックな演劇が必要ではないかと読者に問いかけている。
常連国の中国、韓国、アメリカ(今回はミュージカルとストレートプレイの2本立て)、イギリス、ドイツ、フランス、ロシアの7カ国からのレポートとともにお読みいただきたい。
◉Webへの移行
50余年目にして、『国際演劇年鑑』を印刷物として刊行できなくなったのは非常に残念なことだった。冊子には一度に複数のページを見て全体を俯瞰しやすいという利点があり、さまざまな国からのレポート、さまざまなジャンルについての論考を並列して掲載する『年鑑』には適していた。
一方、Web媒体には、ハイパーリンクでさらなる情報に繋げることができるという特性がある。『年鑑』ではいままで作品名などの固有名詞にはアルファベット表記を付し、読者が情報を得やすいように工夫してきたが、今年はリンクを張ることで作品のイメージや動画へもダイレクトに繋ぐことができた。
今回は実験的な実施だったが、いわゆるリンク切れの問題もあり、今年度の検証をしつつ来年へ向けて検討を重ねたい。
また、国立国会図書館へは電子書籍として納本するが、権利者が許諾したものについてはインターネットで公開されるので、国会図書館を通じて広く『年鑑』にアクセスできることになるのはWeb媒体のメリットだろう。
国会図書館では、過去に発行された冊子についても電子化したデータの収集を行なっているので、1972年からの『国際演劇年鑑』をPDF化し、納本することも地道に進めていければと思う。
◉2014年以降の『国際演劇年鑑』は以下のページからダウンロードしていただけます。
https://iti-japan.or.jp/yearbook/
中島香菜(『国際演劇年鑑』編集担当)