声明文
国立劇場の建て替え再開場に関する意見書
伝統芸能の拠点である国立劇場の建て替えについて、各報道をはじめ、現場からの悲痛な声を聞いています。私たち公益社団法人国際演劇協会日本センターは、国際演劇交流に関わる専門機関として、危機感をもって意見を申し述べます。
昭和41年の秋に開場した国立劇場が昨年10月末に一時閉館となったことは、57年を経過した建物の老朽化によるものと聞き及んでいます。この間に国立劇場が果たした役割が如何に大きく尊いものであったかは、私たちが申し上げるまでもありません。閉場の折には、「長い間、有難うございました、お疲れ様でした」と、演劇人一同が心からの感謝を捧げました。そして、すこしでも早く次なる新しい国立劇場の建設が進むものと期待しておりました。しかし、現時点で二度の入札が不調に終わり、新劇場建設の道筋が見えない状況であると聞いています。
私たち、国際演劇協会日本センターは、戦後日本の国際社会への復帰に歩みを合わせるように、昭和30年代から活動を活性化させ、世界の演劇人と長く深い縁を結んで来ました。これまで、海外への日本演劇の派遣や、各国からの劇団の受け入れ、海外戯曲の紹介、また海外の方々への歌舞伎や能楽のワークショップの開催など広く交流の歴史を刻んで来たと自負しております。
私たちはどのような国にも、その国ならではの演劇文化があることの大切さを、いつの時代も実感して来ました。そして文化国家には、その国を代表する劇場の存在が不可欠であると信じています。国立劇場は、まさにそうした存在であり、単に演劇が上演される空間にとどまらず、演劇人と観客たちが魂の交流を行う生命体であると思います。演劇は、たとえば産業を支えるエネルギーや公共インフラのようには、社会活動の生命線に関わるものではないかも知れません。しかし、日本国民の精神の源である古典芸能の拠点が数年とはいえ、失われることは看過出来ません。又、自国の文化を尊重しない国家を想像することはできません。政治体制や思想は異なるとしても、どの国にも固有の文化があり、国を象徴する劇場という場が必要です。そのことを否定しては国民国家の存続にも関わることになると私たちは考えます。
二代目となる国立劇場の建設計画が、入札の不調という点で歩みを止めていることに私たちは心を痛めております。その原因がコスト高によるものか否かは、私たちは知り得ません。一日も早く、設計や運営について再検討を行い、建設に漕ぎ着ける、あるいは、それが難しければ、或る程度の補修補強で何年かの間でも、初代の国立劇場を維持する、これらの案の実現を、国際演劇交流に関わる公益団体として、私たちは強く訴えます。奇策として一笑に付されるかもしれませんが、私たちの願いは、何とか可能な方策施策をもって国立劇場という演劇と国際文化交流のための空間を現実のものとするべく、演劇界の人たちの思いを結集して古典芸能の継承、次世代育成の場の存続を広く訴えたい、その一心です。
ミラノのスカラ座、ウィーンの国立歌劇場は見るからに壮麗な国立劇場ですが、ともに戦禍で破壊された後、1950年代に新たに建設されたものです。北イタリアやオーストリアは日本のような地震国ではないため、安易に比較はできませんが、つねに補修を重ねて壮麗な姿を維持しています。そこには、イタリアやオーストリアという文化国家の顔が厳然と屹立しています。自国民のみならず世界中の方々から愛される劇場であり続けています。日本にもそうした総合的な古典文化の中心地として国立劇場がぜひ必要と思います。
国際演劇交流に関わる弊センターの理事一同は、国立劇場の再開場にむけて、一日も早い解決が図られることを、切に期待するものです。
公益社団法人 国際演劇協会日本センター
令和 6年 4月 1日
会長 永井 多惠子
副会長 安孫子 正
副会長 吉岩 正晴
常務理事 曽田 修司
理事 伊藤 洋
理事 大笹 吉雄
理事 糟谷 治男
理事 河合 祥一郎
理事 坂手 洋二
理事 三輪 えり花
理事 真藤 美一
理事 中山 夏織
理事 名取 敏行
理事 野村 萬斎
理事 林 英樹
理事 菱沼 彬晁
理事 松田 和彦
理事 若泉 久朗
監事 岸 正人
監事 和崎 信哉